日本離島センターの最新データによると、日本には有人島が418もあり、無人島もいれるのなら、その数は10倍を超える。1989(平成元)年に発表された『第39回日本統計年鑑』以来、6852島がいちおう正確な日本の島の数ということになっているが、島の定義も年々変化しているから、これらの数字も今後かわってくるかもしれない。まあ、一生かかってもまわり切れないくらい、たくさんの島々によってこの国はできているというわけですね。

美容室から始まった交流

近ごろでは離島ブームというか、観光資源の少ない小さな島を積極的に訪れ、そこに「あるがまま」の自然や食を楽しんだりする人も増えてきた。竹富島のようにリュクスな宿ができ、連綿と続く島の伝統が再発見されるということも珍しくない。

けれど、そんなふうに話題となる島も、数多くある島々のほんの一握り。名を聞くことなく、あなたが一生を終えてしまうまで知らない場所が、この国内にさえ多々あるということだ。そして、40余りある沖縄県の有人島の一つ、渡名喜(となき)島も、写真集『島の美容室』(1)が出版されなければ、僕はきっと知ることがなかっただろう。

本書の著者、写真家の福岡耕造が渡名喜島を訪れたのは偶然だった。いくつかの離島を撮影するため沖縄をめぐっていた彼は、大きな期待もなく那覇の泊港からフェリーに乗って、数時間ゆられこの島にたどり着く。美しい天然のフクギ林や赤れんがの屋根を見ることができたものの、沖縄で2番目に人口の少ない400人ほどしか人口のいないこの村が、福岡の心を初見で揺さぶることはなかった。港の小さな食堂にいたしゃれた髪形のおばちゃんを見るまでは。

「そのカットいいですね、どこで切ったんですか?」と福岡が聞くと、島のおばちゃんは喜々として答えたという。「福田さんとこ。内地から島に来て美容室やってるのよ。いいでしょ~、いつもここよ」

美容師の福田さんとは何者なのか? 写真家の興味はむくむくと湧きあがる。聞くと、本州の茨城県で美容室を営む男は、毎月10日ばかりこの渡名喜島を訪れ、民家を改築した美容室で島民の髪を切っているのだという。カット用の椅子がひとつ、鏡とシャンプー台もひとつ、たったそれだけの小さな美容室。だけれど、台風の日も震災の後も、必ずこの島に通い続け、ただただ島民の髪の毛を切り続ける美容師の福田さんに、写真家は自分が撮るべきものを見つけた気がしたのだ。

ゆっくりと周囲に溶け込む

福岡耕造が以前つくったリリー・フランキーとの共著『ビートルズへの旅』(4)でも示されているように、彼は徹底的に足でかせぐ写真家だ。だから、今回も福岡は渡名喜島に通いつめた。美容室に集まる島のお客さんだけでなく、その島の景色やユンタク(おしゃべり)の風景、無邪気に遊ぶ子供たちなど、あらゆる島の被写体に少しずつ近づいてゆく。そして、その撮影プロセスは、まるで福田さんがこの島に美容室をつくり、ゆっくりと周囲に溶け込んでいった過程と重なる。

6年前に福田さんが渡名喜島に通いはじめたとき、何かの地縁があったわけでは決してない。たまたま乗り合わせたフェリーで知り合った小学生に、「うちの島には美容室がないから、何日も掛けて船に乗り那覇の美容室までいくのだ」という話を聞いたことが、きっかけといえばきっかけらしい。それでは、と勢いあまって美容室をこしらえたものの、「やまとんちゅ(本州の人)」の彼のところへいきなりたくさんのお客さんが来るはずもない。言葉も分からず、孤独感を抱く島滞在。そんな時、彼の周りに集まってきたのは、島の子供たちだったという。

この写真集を眺めると、やはり子供たちの表情は読者をすがすがしい気持ちにさせる。真っ黒に日焼けした女の子たちは、大きな眼をくりくりさせながら、子供と大人の境界を無垢なまま駆け抜けている。そして、おばあちゃんたち。きれいな花柄のワンピースを着た彼女らがいうには、「ユンタクはダンパチャーで」(おしゃべりは、散髪屋で)するのだそうだ。戦争の話をする爺ちゃんがいる、集団自決のことを思い出す婆ちゃんがいる。けれど、この写真集は決して後ろを振り返らず、前へ前へ生きていく人の陽気なエネルギーに満ちている。

実際のところ、島は天国ではないから、多くの問題も抱えている。中学を卒業した子供たちは、高校へ通うため島の外に出なければならない。過疎化も進む。この渡名喜島の数キロ先にある入砂島は、いま米軍の空爆演習地になっているらしい。けれど、この渡名喜島には毎日を楽しく懸命に生きている人がいることを、この写真集は証明する。美容師の福田さんは、「髪を切る」というささやかな行為を積み重ねながら、島民に何かを注入している。

島価格の低料金で、旅費も自腹。果たしていつまで美容室が続くのかと、島民も心配していたのは過去の話。いまでは泡盛片手に島の仲間とユンタクし、模合い(本州でいう無尽講)にも参加するようになった美容師の福田さん。島に戻ったとき「おかえり」と言われるようになった彼は、自力でもうひとつの故郷をつくりあげたわけだ。

いつかあなたがこの渡名喜島に行くかどうかは、わからない。けれど、この本を通じて、一瞬ではあるが確かに彼らの毎日と読者の毎日は交錯する。そんな島との関わり方もまた、よいなと思う今日この頃です。

幅 允孝

(1)版元のボーダーインクは、沖縄に関係があれば「ぬーやてぃんしむさ」(何でもOK!)というすてきな出版社。ボーダーインク、1944円。
(2)『シマダス』。「面積」「人口」から「島おこし」まで。1000島以上の情報を網羅した島の総合ガイド。日本離島センター、絶版。
(3)『原色 日本島図鑑』。著者の加藤が、日本の有人島すべてに足を踏み入れていく。旅心くすぐる写真も必見です。新星出版社、2700円。
(4)リリーと福岡が、ビートルズゆかりの地を訪ね歩く。彼らの来歴に直接触れることで、尊敬は愛しさへと変わっていく。新潮社、1728円。

『SANKEI EXPRESS』2014.4.7 に寄稿
http://www.sankeibiz.jp/express/news/140407/exg1404071647003-n1.htm