どの世界にも「神様」と呼ばれる人はいるものだ。児童文学の世界では、この評伝の主人公・石井桃子が、そういう存在なのかもしれない。ところが、神格化された誰かの人生は、当人の意図とは違った地軸で回り始める。本人にそれを受け止める余白や度量があるのかなどお構いなしで、周り始めたものは、その慣性が続く限り、ずっと「神様」のままなのだ。
 初見、『ひみつの王国--評伝石井桃子』は、著者が石井桃子を地上に降ろすために書いたように思えた。200時間のインタビューと膨大な書簡の整理、そして石井の死後も続いた取材によって露わになる、知られざる石井の生涯。太宰治が石井に抱いた恋心も、犬養家の晩餐で初めて出会った『熊のプーさん』も、大政翼賛会との関わりも含めた戦時中の「ごたすた」も、誰も知らない生の石井がここには記されている。
 多くの謎が明らかになる喜びは、確かにあるのだ。しかしながら、読後に浮かび上がるのは石井桃子のじつに多様な顔。目まぐるしく移り変わる世の中と懸命に寄り添い、子供たちのためにできることを探す石井は、やはり掴めない人だった。そして、僕は理解する。自分の中の「石井桃子」がある限り、ずっと「ひみつ」は「ひみつ」のままであり続けるのだと。

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『ひみつの王国--評伝 石井桃子』
尾崎 真理子/新潮社/2014年

飛ぶ教室 2015 WINTER(2015年1月25日発売)に寄稿