横浜にある高木学園女子高等学校という学校で本棚作りをした。その体験が、じつに新鮮だったので記してみたい。

近頃の女子高生たちがどんな本を読みたがっているのか、あなたは知っていますか? 残念ながら(?)、齢40にも近づいてきた僕には、彼女らの読書傾向など知る由もない。熟知していても怖い。そんなわけで、生徒たちに本のインタビューをするところからこのプロジェクトは始まった。

興味ない子も巻き込み

図書委員のような本好きの生徒に話を聞けば、いくつものヒントがもらえることだろう。けれど、図書館をほとんど利用しない子や、図書室に行ったことがないという子まで、あえてさまざまな生徒に話を聞いた。なぜなら、本に興味のない生徒たちも巻き込んでいきたいプロジェクトだからだ。

ランダムに選ばれた女子高生たちを、机いっぱいに本が広がる部屋に招き入れる。本音を聞くため先生にも席を外してもらい、彼女らの正直な本との向き合い方を聞く。日頃の本の読み方や好きな作家の話になると、喜々として話してくれる子がいた。彼女は『ビブリア古書堂の事件手帖』を最近すべて読み切ったそうだ。一方で、本なんて嫌い!と明言する生徒もいる。各学年5人ずつで行ったグループインタビューでは、じつに多種多様な本との関わりを聞くことができた。

彼女たちの読書傾向は、僕らの世代がスタンダードだと感じているものとはやはり少し違う。いや、かなり違う。ある時のインタビューでは村上春樹を読んだことのある人が15人中1人。よしもとばななのことを知っている生徒は0人。行く道はなかなか険しい。けれど、その現実をちゃんと受け止めないと、僕らは前に進むことができない。

異質同士の距離縮める

一方で、テレビアニメやゲームにはものすごく詳しい子もおり、インタビューはなかなか盛り上がる。ある生徒は現在TVアニメで放送中の『Fate/Unlimited Blade Works』の魅力を僕に切々と話してくれた。魔術師たちが歴史上の英霊を召喚し、たった1つの聖杯を求め戦うこの伝奇活劇。もともとは2004年に発売されたパソコンゲームの『Fate』シリーズの一つなのだが、その後アニメ化や前日譚のノベライズなど、多メディア展開している人気コンテンツだ。正直いって、僕はほとんど知らなかったのだが、その生徒に言われてしまったのだ。「本屋なのに虚淵玄の小説『Fate/Zero』((※1)講談社、669円)を読んでないのはおかしい!」と。

というわけで、読みましたよ。悔しかったというよりは、あんなにも懸命にすすめてくれたら、なんだか面白そうだと素直に思えたから。そして、読んだ結果どうだったかというと、ものすごく楽しめました。じつは、楽しめたどころではなく、完全にはまってしまい小説を読んだあとアニメもすべて見て、さらにゲーム『Fate/stay night[Realta Nua]』((※2)角川ゲームス)まで買ってしまい、最後は感動の涙を流しながらピコピコやっておりました。いや、『Fate』はすごい作品です。

と、ずいぶん話が『Fate』に傾いてしまったのだが、僕が言いたいのはこういうことだ。「近頃の高校生はあまり小説を読まない」などといわれるが、物語を自身の中に注入したいという欲は今も昔も変わらず彼女らにもあるものだ。その物語の供給先が本ではなくなっているだけのことで。そして、よしもとばななを知らない彼女らを僕が異質だと思うように、『Fate』を知らない僕は彼女らにとって異質。だとしたら、世代の違う者同士がどうやって距離を縮めていけるのかを考えるべきなのだ。

こちらの都合が通じなさそうな場所に本を届けるとき、まずは向こうの郷に従ってみる。そうすれば、結節点をみつけることができる。幸運にも、インタビューを通じて僕はいくつもの「彼女らと話せること」をみつけることができた。その結び目さえ見つかれば、あとは本を丁寧につなぎ紹介していくだけだ。

興味優先で3テーマ

例えば、ゲーム版『Fate』のシナリオを書いた奈須きのこは、『ゲームの流儀』(※3)太田出版、2376円)に収録されているインタビューで自身が影響を受けた小説家について話している。菊地秀行の描く『吸血鬼ハンターD』シリーズや綾辻行人の『十角館の殺人』((※4)講談社、810円)などがそうなのだが、残念ながらまだ『Fate』好きの女子高生たちにそれらの本は届いていないだろう。だから、彼女たちが両手を伸ばした中にある『Fate』と綾辻行人を結びつけ、ちゃんと説明をしながら紹介する。ちょっとばかり長生きしている僕らの親切なおせっかいというやつだ。

そんな調子で、まずは生徒たちの興味を優先して、3つのテーマで本棚をつくった((※5))。テーマは、「おやつの時間」、「I?CAT」、そして旅の写真集などを集めた「世界を見渡す」という3つ。これらの本棚が図書館から飛び出して、各学年の廊下に設置された。それぞれの棚は1カ月ごとに更新されるから、いずれアニメ関連の本棚も登場するだろう。

いずれにせよ、検索型の世の中において、見たこともない本の登場に生徒たちは驚くに違いない。けれど、そこで起こるある1冊との出会いが、ひょっとしたら忘れられない本との邂逅(かいこう)になる可能性だってあるのだ。何といっても彼女たちの読書の道は、始まったばかり。ゆっくりと道中を愉(たの)しんでもらいたいではないか。

幅 允孝

(※1)『Fate/stay night』の10年前、第四次聖杯戦争を描く。奈須の設定を虚淵が見事に継いだ。イスカンダルの散り際に涙。
(※2)PC版の『Fate/stay night』を他機種に移植したものが、これ。半信半疑の方は、まずはここから始めてみて。
(※3)「ゼビウス」「ガンパレード・マーチ」など伝説のゲームを作ったクリエーターたちのインタビュー集。彼らの苦闘と背景を知るために。
(※4)綾辻行人の記念すべきデビュー作であり「館」シリーズの第1弾でもある。これ以降、日本のミステリー界は「新本格」ブームが席巻する。
(※5)気軽に本と接してもらえるよう、かわいらしい移動屋台のような本棚を製作。コンセプトは「picnic with books」。

『SANKEI EXPRESS』2015.5.1 に寄稿
http://www.sankeibiz.jp/express/news/150501/exg1505011720002-n1.htm