『飛ぶ教室』と聞けば、あなたは何を思い浮かべるだろう? 1933年に発表されたケストナー(1)の小説? たしかに素敵なストーリーだ。ドイツ・キルヒベルクにあるギムナジウム(高等中学)で起こるさまざまな事件を、寄宿舎に住む生徒たちが力を合わせ解決していく物語。ナチス支配下で唯一発刊を許された自由主義的な児童文学としても知られている。表題は、生徒たちがクリスマスに上演した劇中の戯曲タイトルから取られたもの。聖夜が近くなるこの季節には、うってつけの名古典だといえる。

異質のジャンプ作品

一方、漫画好きが思い出す『飛ぶ教室』といえば、ひらまつつとむ(2)の隠れた名作なのではないか。1985年に「週刊少年ジャンプ」で連載していた伝説の学園SF。今年、「復刊ドットコム」から再リリースされたこの作品は、当時の「ジャンプイズム(努力・友情・勝利)」から完全に逸脱した内容ゆえ、1970年代に生まれたジャンプ少年たちの頭からこびりついて離れない作品なのである。何を隠そう、僕もその一人。当時は、衝撃的なストーリーに驚き、恐る恐る連載ページをめくっていたなぁ。

物語の舞台は埼玉の小学校。そこに通う生徒たちが、偶発的に起こってしまった核爆弾の暴発から生き延びることになる。校庭に設置されていたシェルターへ偶然にも逃げ込むことができたのだ。生き残った唯一の大人、北川ひろみ先生(美人)と122人の生徒は、外の放射能濃度が下がるのを待ち、核の冬という厳しい時代を生きざるを得ない。汚染されていない水や食料を探し、他の生存者を探索。世界は滅亡してしまったのか? いくつもの死を乗り越えながら少年少女は、前に進む...というあらましなのだが、その重いテーマが小学生だった僕らにはずしんと響いた。死の灰を浴びた北川先生が、それをひた隠そうとする健気さ。大人になって読むから、わかることも多々あると思える佳作である。

復刊10周年のお祭り

さて、もうひとつ紹介する「飛ぶ教室」だが、こちらは光村図書から出版されている児童文学の雑誌である。発刊は1981年だから、かなり歴史のある雑誌。当時は河合隼雄や今江祥智らが編集委員を務め、その誌面から梨木香歩の『西の魔女が死んだ』や池澤夏樹『南の島のティオ』が生まれた。江國香織を発掘したということでも知られている。その後、雑誌「飛ぶ教室」は95年にいちど休刊してしまうのだが、2005年に石井睦美が編集人となり復刊。今年は復刊10周年のお祭りというわけで、かなり思い切った編集方針を打ち出していておもしろい。なんと今年1年間は、毎号編集長を変わるというのだ。

ゲスト編集長の第1弾となる2015年夏号は、絵本作家の五味太郎が編集長を務めた。五味編集長自らが出向き、穂村弘や中村桂子と対談を重ねたり、夜に見る「夢」をテーマに11人の絵本作家・アーティストによる描き下ろしがあったりと、じつに盛りだくさんの内容。編集長の五味太郎らしさが随所にみられた。そして、第2弾となる2015年秋号では、僭越(せんえつ)ながら僕、幅允孝が編集長の大役を果たすことになったのである。

「長」と名がつくものは、中学生のときにやった生徒会議長以来なのだが、まあやるからには楽しく職務を全うしようと考えた。張り切りすぎて、背伸びするのも止めようと誓った。だから、「餅は餅屋」じゃないけれど、僕の編集号は本の特集をすることになった。名付けて「ブックガイド 本と、その先。」。「誌面上で本屋さんを開く」というコンセプトのもと、各界で活躍するさまざまな人の選書による85冊の本の案内をつくりあげたというわけだ。

登場していただくのは、児童文学者の角野栄子や荻原規子、料理家の長尾智子、写真家の石川直樹もいれば、茶人の木村宗慎もいる。上野動物園の園長・土居利光やファッションデザイナー・森永邦彦による選書も愉快だ。つまり、児童文学の専門家だけでなく、あらゆる本好きによる誌上本屋ができあがった。

ちなみに本は皆さんに選んでもらうが、本屋のテーマ設定は僕がする。例えば、角野栄子には「おいしい本屋」というテーマで本選びを依頼。『魔女の宅急便』もいいけれど、彼女の書いた「おばけのアッチ」シリーズこそ僕が初めて手に取った食の本だからだ。石川直樹の選ぶ「陶酔本屋」や、荻原規子の選ぶ「境界をめぐる本屋」、森永邦彦の「反逆の本屋」などなど、独特のおもしろ書店の中身、気になることでしょう?

選者との結びつき

そして、すべて選者に「なぜその本を選んだのか?」を聞くため、濃密対談をさせてもらった時間も忘れられない。僕は、ただ本の表紙が並ぶカタログをつくりたかったわけではなく、それらの本が選者の日々とどのように結びついているのかを知りたかった。角野が感銘を受けた『長くつ下のピッピ』でピッピがジンジャーブレッドを作るシーンの豪快さや、彼女がいつも杉浦日向子の『もっとソバ屋で憩う』をバッグに入れ、時間があれば載っている蕎麦屋に立ち寄る理由など、話を聞いてみて納得できる選書も多かった。

そして、わかったのは、本の根の張り方の多様さだ。選者それぞれが挙げた本自体もじつに興味深いのだが、その一冊一冊が読み手と独自の関係をつくっている事実に感銘を受けた。例えば、武田百合子の『ことばの食卓』は、角野、長尾の両者が偶然選んだ本なのだが、まったく異なる読み方、味わい方があり、そのどちらも素敵だと思えたのだ。

最近はたくさん読む人が読書家といわれるけれど、一冊の本を濃厚に読み重ね、自分の中にしっかりと根付かせる読書というのも必ずある気がした。だから、「飛ぶ教室」ブックガイドに載っている全ての本を網羅してほしいとは思わないけれど、自身にとって掛け替えのない一冊を探すきっかけになればいいなと思っている。

幅 允孝

(1)「飛ぶ教室」(エーリッヒ・ケストナー著、山口四郎訳/講談社文庫、535円)
(2)「飛ぶ教室」(ひらまつつとむ著/復刊ドットコム、1728円)

『SANKEI EXPRESS』2015.10.8 に寄稿
http://www.sankeibiz.jp/express/news/151018/exg1510181330002-n1.htm