正直にいうと、書店に溢れる名言集の類いには気を付けなきゃいけないと思っている。それが、ニーチェのものであれ、シェークスピアのものであれ、カーネギーのものであれ、原典にまでたどりついてもらえればよい。けれど、その短い一文だけを読み、その言葉の主の思想や物語が分かった気になってしまうところが名言集にはある。

 検索型の世の中は、コンテンツ同士の時間の奪い合いでもあるから、なるべく短時間で神髄に到達したい人の気持ちはよくわかる。けれど、簡単に手に入れたものは、簡単にこぼれ落ちてしまうものにしかならないとも思うのだ。

 と、偉そうに宣(のたま)った僕であるが、つい先日、名言集をつくってしまった。説得力ゼロである。だが、この企画の話があった時、何が何でもやりたいと思った一冊だったのだ。

緩やかに流れる成長譚

『のび太くん、もう少しだけがんばって』というタイトルのこの本は、藤子・F・不二雄が小学館てんとう虫コミックスで描いた『ドラえもん』から、監修者である僕が「ぐっときた」言葉とイラストを合わせて114選んだものである。昨年のゴールデンウイークからだろうか、コミックス全45巻を何度も熟読した僕は、漫画のなかから数ある名ゼリフと名イラストを大量に抽出。それらを精査し、組み合わせてまとめたのだ。

 偶然なのか運命なのか、僕はのび太くんと同じ8月7日生まれ。小さな頃から、「お、幅はのび太と同じ誕生日なんだな。やいやい、ぐうたら人間め」と小馬鹿にされることが幾度かあった。けれど、コミックスの『ドラえもん』を愛読していた僕は、誕生日が同日だという贔屓目ぬきにしても、「いやいや、のび太は性根のいいロマンチストで、少し勝ち気な獅子座男なのだぞ!」と声を大にして言う機会をさがしていたのだ。コミックスの言葉を紹介するこの機会に、のび太くんの名誉挽回を図ろうと思ったわけだ(ちなみにウィキペディアによると、8月7日生まれは司馬遼太郎やマサ斎藤、マラソンのアベベ・ビキラなどがいるそうです。そして、ウィキペディア創始者のジミー・ウェールズも8月7日生まれ)。
 確かに、テレビをつけると現れるのは、情けなくて、ヘマばかりやっているのび太くん。毎度、ドラえもんの道具に頼り過ぎてはしっぺ返しにあうのは皆さんご存知の通り。しかし、てんとう虫コミックスの漫画では、少し違う。ドラえもんの「ひみつ道具」がもたらすドタバタ劇だけではなく、登場人物の背景が語られ、巻が進むにつれ彼らの関係の変化も見てとれる。ゆるやかに動き続ける成長譚として、じつに多層的な『ドラえもん』という物語が描かれているのだ。

じんわりつたわるメッセージ

 もちろん、のび太くんの描かれ方も違う。例えば、この名言集では「未来なんて ちょっとしたはずみで どんどん変わるから。」という言葉が紹介されているのだが、そのセリフの横に引用されているイラストは1巻に登場するのび太とジャイ子の結婚記念写真。そう、1巻の段階では、のび太の嫁はジャイ子ちゃんだったのだ。それが25巻では有名な「のび太の結婚前夜」が描かれ、「きみの産声が 天使のラッパみたいにきこえた。」というしずかパパの名言が登場し、のび太としずかの結婚が祝福される。『ドラえもん』という物語も、ちょっとしたはずみでどんどん変わっていたのである。
もちろん名言集には「勉強して発明するんだ。勉強しなくても 頭のよくなる機械を。」とか「一生けんめい のんびりしよう。」など、相変わらずののび太節も多々収録されている。けれど、てんとう虫コミックスを読むと、藤子・F・不二雄がこの作品にこめた多種多様なメッセージがじんわりと気持ちよく伝わってくるのだ。便利な道具を使いすぎた人の災いを面白おかしく描くだけではなく、励ましや叱咤、真理や勇気が『ドラえもん』という作品にはつまっているのだ。
ちなみにこの名言集は、装丁にもとことんこだわった。デザインをしてくれたセプテンバーカウボーイの吉岡秀典は、コデックス装で全ページがしっかり180度開くようにし、藤子・F・不二雄の絵が存分に楽しめる工夫を凝らす。仕上がりは、この時代にわざわざ紙で出版する意味を感じる素敵な存在感をまとうことができた。プレゼントブックにもぴったりなこの一冊、まずは本書からてんとう虫コミックスのメッセージを感じてもらい、いずれは漫画版で自分ならではの『ドラえもん』を見つけてもらえば幸いである。

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名言とイラストで、『ドラえもん』に込められた真実をたどる(『のび太くん、もうすこしだけがんばって』より、提供写真)

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藤子・F・不二雄著/幅允孝編「ドラえもん名言集『のび太くん、もう少しだけがんばって』」(小学館、1250円+税、提供写真)

『SANKEI EXPRESS』2016.3.13 に寄稿