この文庫が出たことで、ついに「季刊・新そば」がメジャーデビューである。「季刊・新そば」とは、1960年に初代編集長の中野沙代子が創刊した17センチ×18センチ、50ページ弱の小さな冊子。現在156号まで出版され、日本全国にあるそばの老舗約100店程が集まってできた「新そば会」のお店のみに置かれる、そば好きによる、そば好きのための1冊だ。
 新そば会の加盟店を見ると「かんだやぶそば」や「室町砂場」など、名の知れた店が多い。ゆえ、さぞかし豪奢な冊子を想像するのだが...実の所ほぼ1色展開の随分しぶい佇まい。ところが、毎回ここに寄せられるエッセイは、そば愛が香り立つ見事なものが多いのだ。
 「季刊・新そば」の珠玉そばエッセイを集めた『そばと私』。赤塚不二夫、淡谷のり子など、あいうえお順で並ぶ文章のア行から、相当な猛者たちが揃う。この本のいいところは書き手が驚く程ばらばらなことで、衣笠祥雄のようなスポーツ選手もいれば、桂米朝、立川談志のような落語家もいるし、古井由吉、水上勉、米原万里のような作家もいれば、北島三郎、桃井かおり、浅野忠信のような芸能関係の人もいる。つまり、どんな職業の、どんな年齢の人が書いても、自分の中にひとつ、そばの物語があるというわけだ。
 そんな中でも最も印象的だったのが脚本家ジェームス三木の文章。日本人が年越しそばを食べる意味で、ここまで腑に落ちるものは聞いたことがなかった。ぜひ、皆さんも読んでみてください。

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『そばと私』 (季刊「新そば」/ 文春文庫)

飛ぶ教室第48号 に寄稿