漫画家 大橋裕之の初期短編作品をまとめた『ゾッキA』、『ゾッキB』が堪らない。「下書きをしたら負けだと思って描いていました」とあるが、上手いのか下手なのかと問われれば明らかに後者。現在の作品と比べても線は歪み、ほとばしっている。なのに、漫画のコマの中に生きる人間たちはなぜか驚くほど魅力的に描かれているのだ。
 友達に姉のパンツを売ったり、バイト先の工場で年増女に誘惑されたりと、登場人物は宿命的にダメで哀しい人ばかり。懸命に生きてるのに報われない者も多い。そんな彼らが残酷な現実に直面した時、大橋はその困難や失敗を絶妙の間合いで可笑しみに変えてしまうマジックを持っている。爆笑する類いではないが、インナーマッスルをじわじわと震わせる笑いがそこには確かにある。
 大橋作品に登場する愛すべきダメな人々は、「飛ぶ教室」読者の方々にとっては、胡散臭くて近寄りがたい存在なのかもしれない。けれど、このバカバカしい漫画に描かれるバカみたいな人たちには、どこかにひとつだけ譲れない何かがあって、それを懸命に守ろうと抗う姿には気高さすら感じるのだ。
 皆が誰かのあげ足を取り、×をつけやすい世の中だからこそ、どんな人であっても肯定する大橋裕之作品は異質に映る。けれど、これこそが物語の本流だと僕は思うし、もっと沢山の人に読んでもらいたい書き手である。生まれるのが50年早かったら、大橋さんは悩める文士になっていただろうなぁ

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『ゾッキA』、『ゾッキB』 (大橋裕之著/カンゼン)

飛ぶ教室第50号 に寄稿