フットボール批評「ボールは跳ねるよ、どこまでも。」 第5回 サッカーとマスマティクス

 『サッカーマティクス』という本のタイトルを聞いて、なんのことだ? と思っていたら、サッカーとマスマティクス(数学)を合体させた造語なのだとか。
 スポーツを語るときに「勝利の方程式」という言葉がたまに使われるけれど、果たしてそれは連立方程式なのか、多変数方程式なのか、考えたことがある人は多くないだろう。正直いって、僕もない。
 スポーツと数字の相性に関していえば、日本の場合は野球の方がよさそうだとも思える。ちょっとエッチな記事や広告が載っている大衆スポーツ紙ですら打率や防御率、勝率などの数字がびっしり掲載してあり、昭和の時代から数字を身近に感じながら楽しむスポーツの代表格が野球だったといえる。
 一方、サッカーの方もボール支配率やパス成功率、被シュート率など様々な数字が少しずつお茶の間に浸透しつつある。けれど、この本の著者デイヴィッド・サンプターさんというロンドン生まれの数学者によると、実はサッカーこそが真に数学的なスポーツなのだという。
 そもそもこのサンプターさん、数学といっても応用数学の教授。伝書鳩の飛び方や拍手の伝染の仕方、アリや魚の群れの動きなど生物学的な現象を数学的に分析することを専門にしているユニークな方だ。
 そんな人が自身の領域に近づけてサッカーを語ると、かなり新鮮なサッカーの見方になる。例えば、2012年11月13日にイブラヒモビッチが代表戦でジョー・ハートの頭上を破ったオーバーヘッドロブについてニュートン力学を用いて解説し、そのキックが初速度16メートル毎秒、角度40度ほどの蹴り出しだったことを推察してしまう。
 ほかにもプレッシングを行うことで減らすことのできるパスの有効選択肢を距離と時間で分析。2億6000万のデータポイントから導かれたのは、相手チームにボールが渡ってから2.3秒以内に1人目がプレッシャーを掛け、2人目が5.5秒以内にプレッシングをかける必然についてである。ペップ・グアルディオラが「6秒ルール」と呼ぶカウンタープレッシングのメソッドは、こんな計算の上で成り立っていた数字なのだ。
 さらにサンプターさんによるサッカーの数学的考察は、ピッチ外へも波及する。勝ち点が3になったことによってこのスポーツがどれほど魅力を増したか? チャントや拍手、ウェーブの広がりは病気の社会的伝染モデルとなぜ類似しているのか? さらにはブックメーカーの賭けになぜ勝てないのか? などは自分で実験した結果も含めて開示してくれる。いやはや、数学はサッカーの世界にしっかり染み込むものなのですね。
 サンプターさん曰く、野球が「統計のスポーツ」であるのに対し、サッカーは「パターンのスポーツ」。パスというネットワークを繋げ「チーム全体が部分の総和を上回る」可能性を追求することが、サッカーを真に数学的という理由なのだ。サッカーがただのゲームではないのと同じように、数学も決して冷たい理論や概念や公式ではない。最終的には書き手のサッカーと数学に向けられた情熱が心地よい本でした。

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『サッカーマティクス 数学が解明する強豪チーム「勝利の方程式」』(デイヴィッド・サンプター著,千葉敏生訳/1,944円)

フットボール批評 issue17 Sep 2017に寄稿